昭和五十七年七月二日 朝の御理解
御理解 第二十八節
「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは井戸がえをするに八九分かえて退屈してやめれば掃除は出来ぬそれで矢張り水は濁って居るようなもので信心も途中で止めれば病気災難の根は切れぬ井戸は清水になるまで病気災難は根の切れるまで一心にまめで繁盛するやう元気な心で信心せよ」
昨日、三時の研修が丁度終わっておるところに、福岡からというて御夫婦がお参りになりましたが、お母さんは宮崎の方で、時々ここへ参ってまいります。お母さんの、ま、いうならお導きで、ま、その若い御夫婦とお母さんと三人で参ってまいりました。それが、どういう事かというと、福岡で何か、石材店ですかね、あれは奥城を建立とか、ね、ああいう石碑なんかを刻まれる、ま、お店を開かれたわけです。一流新聞に何回も大きな広告を致しましたけれども、一軒もその、注文がない。そこで、ま、お母さんが、大祓式に、その大祈願祭にお参りをさせて頂いて、そして、その足で福岡の子供達の方へまいりまして、昨日二人を導いて、ま、参って来たわけなんです。それで、私は、ま、色々とお話をさせて頂いた事でしたけれども。あなた方の若さで、たとえばお店を持たれた、ね。それこそ大朝大毎という一流新聞に大きな宣伝を、どんどんさせてもろうた。そしたら、おかげでどんどん注文があったというなら、さど、それがよかろうごたるけれども、ね。それでは、必ず失敗の元を作るようなもんですよ。と、まあだ、あなた方はお若いんですから、と云うて、ま、話した事です、ね。それこそ、一軒の注文もなかった。いうならば、広告費も無駄になった、ね。そこで、なら、お母さんの話を聞く事になりゃ、また、ここに御参りをしてくる、という事にもなった。と、いうて、私は昨日、前の晩の信話会の時の、嘉朗さんのお話を致しました、ね。
この人は呉服屋さんですけれども、ね、本当に商売は御理念による他はない、と、云われるから、ま、いろいろと、その、御理念も、いうなら、覚えさせてもろうて、あゝでもないか、こうでもないか、と、いろいろ心を使ってきたけれども、最近、いよいよ、も、御理念による商売とはこれだな、と、わかったのは、ま、結局、お客さんに喜んでさえもらえばよい、と、いう事だと、いう嘉朗さんの発表でした、ね。教祖金光大神が人が助かる事さえ出来ればと、こうおっしゃった。ま、それにも、私は似たような商売人としてですよ。もう、この行き方で行きゃ絶対。
前月は、殆ど半分は教会の御用で使いましたけれども、ね。やっぱり、充分とはいかんけれども、いつもよりかおかげ頂いておる、という発表でした。ね。ですから、も、兎に角、も、売らんかな、の為の宣伝であったり広告であったり、いや、それで、なら、人がそれに、ま、つられて、というわけでもないだろうけれども、それが糸口となって繁盛となったんでは、その繁盛なら必ず失敗する。繁盛した事がかえって不幸をまねく、ね。ところが、ね、たとえば、宣伝もよかろう、また、自分の商才とか力というものに、ま、いうなら見切りをつけて、ね、神様におすがりをしておかげを頂く、という事から、ね、お商売が繁盛していくなら、も、絶対ですよ。まだ、お若いんですから、少し合楽理念の勉強でもさせてもろうて、根本的な考え方を改めて行かれておそくないですよ。それで、おかげ頂きますよ、というお話をいたしましたんですけれども、それは、今日の御理解から頂きますとです、信心をする、おかげを受ける、けれども、ね、お願いをしてもお願いをしてもおかげにならん。いや、むしろ、右を願って左となる、というような時に、いうならば、ね、井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、と、おっしゃる、ね。そこに、いよいよ、信心がわかる、と、いう事は神愛の何たるかをわからせてもろうて、ね、そこに、かえって、喜びを感じれれるような信心を頂いての繁盛でなからなければならない。
それこそ、コンコンと汲んでもつきぬお恵みを受けられるおかげを受ける事が先決なんだと。そういう信心の、ま、基本的なところを身につけてのお商売なら、まちがいない繁盛につながるでしょう、と、いうお話でしたが、ね、皆さんの場合もそうです。信心の稽古を一生懸命なさっておられる。只、また売れたまた売れた、と、いったようなおかげぢゃなくて、ね。その、売れる根本になるもの、繁盛の根ともなる信心を頂かしてもろうて、いうなら、信心の喜びというものを、いよいよ育てていく、と、いう事である。
昨日から、夏期信行くが始まりました。幾人もの、初めて昨日お参りをして来た人、丁度御参りしたら、その、ま、大変な御祈念があっておったのに合わせて頂いた、という人達が、もう、ここに入った途端に身体がジィーンとした、と、いうような意味のお届けを何人も聞きました。これは、私は、も、度々の事ですけれども、兎に角、やっぱ身が引きしまるですね。皆さんの、あの、一生懸命の、あの御祈念の姿にふれますと、も、わけはなしに、いうならば感動がわきます。ね、とても、あの、いやな動物なんか見れば、身がゾーンとするでしょうね。 高ぁい所ろから下を見ると、身がジィーンとするでしょ、何か、そんなもんだと思うですね。
信心の有り難い一つのるつぼのようになっておる、あの、御祈念の場にふれただけでも、信心はわからんでも何とはなしにジィーンとする。これは、いうなら、気持が悪いとか、高い所に立った、というのではなくて、いうならば、その、有り難いという、それが根本になるものです、ね。それを私は、育てていく事だと思うです。
私は、昨日、も、そん時は元気いっぱいで、その方に一生懸命お話をさせて頂いて、そして退がらせて頂いたんですけれども、足が重うして足が上がらんのです。それでも、やっぱりお風呂を頂いて寝ませて頂いたら、私は、あの冷たい汗というのは、初めて昨日感じた。
全身から、も、冷たぁい汗がでる。意識がもうろうとなっていくんです。ははあ、これは、ま、糖尿病できつい時には、甘い物を頂きます。いつも、よそに行く時にでも繁雄さん必ず甘い物を、側に持って行かれるんですけれども、昨日、朝、私はあの、水ようかんを頂いておったから、それを、あの、水ようかん水ようかんと、私が云いましたもんだから、それを、あの、沢山頂いたそうですけれども、それも、もうろうとしとったです、ね。そして、もう、ま、覚えんなり、というわけでもないけれども、も、手をあげる事も、足を上げる事も出来んほどにきつかったです。
寝ながら、それで、この寝間着を着替えるのも、家内と繁雄さんと二人で、も、やっと、その寝間着がじゅくじゅくになっておりますからね。それで、もう、繁雄さんがあとからです、も、どうなるだろうかと一時は思いました、と、云われるように、そして、丁度、若先生を呼んでお祭を、お前、奉仕してくれ、と、いう事だけ云うて、そのまま、ま、グッスリ。覚えなっかったです。眠ってしまって、それでお祭がすんでから、あのう、若先生が挨拶に来たそうですけれども、覚えなかった。で、目覚ましのおかげを頂いた。そん時に、私がお礼申させして頂いたら、まっ白の着物に染抜きで、いっぱい字が書いてあるんです。私がいつかお経文か何かを書いた、その帷子のようなものを・・・・お知らせを頂いた事があるんですけれども、それには、はっきりしておるには、あの、夢幻の如く、という字が大きく染抜いてあるんです。そして、いっぱい小さい字で、その、ゆかた、でしょうかね、寝間着一杯に書いてある。
これはあの、石井信司郎さんところに、この、私が書いてあげたものを軸にして、この頃、あそこの宅祭りの時に、ま、見事な表装がしてございましたが、その、その事が書いたあるようなんです。その中にその、夢幻のようなものだ、と、ね。それで終わったんではいけない。天地の大恩をわからせてもろうて、も、天地の大恩がわかって神愛がわかったら、も、飛び立つ思いで、思いの歓喜の世界を、ね、感ずる事が出来るというような事が、最後に、それは、その、この、信楽にありますね。確か、信楽に、ね、も、人生というのは、夢幻のような事で終わったんではいけない。本当に、この世に生を受けたが以上、いよいよ、天地の大恩をわからしてもらう。わからしてもらうとこから、いうなら、歓喜の世界があるというのですね。これは、いつか熊谷さんのお届けを聞かして頂いた時に、お友達で、吉井の方で、それこそ、ま、いうなら、金満家の奥さんになっておられたんです。もう兎に角、信心の、シの字も、寄せ付けなさらんような方、波多野さんやったかな、熊谷さんだったかな、そして、その、ガンになって病院へ入院された時に、病院の先生に、お金は、もう、全財産をあげますから助けち下さい、ち、云うて縋られたという話を聞きました。 それこそ、栄耀栄華な感じでしたけれども、やはり、夢幻のような事で一生を終わったんではね、そこに、なら、信心がわかり、神愛がわかり、ね。それこそ、飛び立つ思いで喜び、思いの歓喜の世界に入って行く事が出来る。そこまで行かなければ、信心は駄目なんです。
おかげが有り難い、というだけの信心では、やっぱり同じです。
私は、昨日その、ま、おぼろげながらも感じたんですけれども、これは、遺言をしとかなければいけないかなあ、と、まで思う位でした。はい、そして、ぐっすり寝ませて頂いて、目が覚めた時には、もう、普通とかわりない爽快な気持でしたから。それから、新ためて夕食をさして頂いて、今朝、今朝も、これは、まあ、いつもの事ですかれども、本当に神様の、こんなにも、間違いのない働きの中にあるんだ、という事を感じたんですけれども、丁度、一時五分という事を頂いたから、目が覚めた。時計を見たら、やっぱり一時五分であった。二時半、と頂いたから、時計を見たらやっぱ、きちっと、枕元に枕時計が置いてありますからね、二時半であった。いやあ、神様から頂く事はこんなにも間違いがないと思うて、今日は目覚ましのおげを頂いたんですけれども、そういう間違いのない働きの中に、わたしは日々おかげをこうむっておるんです、ね。その、間違いのない働きの中に、それこそ、井戸は清水になるまで、という働きがあるのです、ね。
汲んでも汲んでも、やっぱり、使いようにはならない、濁った水やらね。ドロ、あくたのようなものが、どんどん出てくる、という、ね。そういう働きをも、神様の働きの中にあると、信ぜれた時、ね、一切神愛、そういうものがわかって、いうなら、昨日の、石材店の方の、方ぢゃないですけれども、繁盛のおかげの、いうなら、一途をたどらせてもらう、というおかげの元。これなら、いくらおかげ頂いても、おかげを落とす事もなからなければ、それは、ね、あの世にも持って行け、この世にも残しておける、という程しの信心の徳というものが身につくのです、ね。
井戸は清水になるまで、ね。その時にです、お互いが、ね、やれ痛や今、霊験をという心になれよと。その、そういう心になれれる信心をね、いよいよ頂かせてもらわなならん。けれども、きつい時、苦しい時には、本当に、これほど信心するのにと云いたいような時もあるのだけれども、ね。これ程のと云うけれども、どれほどの信心を頂いておるかと、わからせてもらえれる信心なんです、ね。
昨日、私は、丁度、お道の新聞がまいりましたから、必ず論説を読んでもらうんです。それに、こういう素晴らしい事がわかっておられる。教祖金光大神の御信心、いわゆる、原点としての布教者の修行という意味の事が書いてございました。それは、もう、どこまでも神様任せになる事が修行の原点だと、説明してあります。
教祖金光大神が、それこそ神様のおおせ通りにつかまつる事が、ね。それが、その、いろんな摩擦を作ったり、または、嘲笑を、いわゆる周囲から笑われると言ったような事にもなるけれども、教祖金光大神は、そこを貫かれたという。それが、金光教の信心の修行の原点だと云われております。例え、人から笑われても、私はその、読ませて頂いて、教祖の真似したわけでもないけれどもね。私の始まりの頃は、やっぱりこうだったなあと、それを聞いて、ますます私の過去の信心を、は、尊いものだなあという事をわからしてもらう。ね。ですから、どれ程の信心が出来たか、と。
なるほど、自分の都合の悪い、都合の良い時だけは、神様任せで、自分な、いかにも神様任せになってるようだけども、いよいよの時になると、も、全然反対の事、反対の事をしていくといったような事ではね。いつまでたっても、やはり井戸は清水になれるようなおかげにならんです。井戸は清水になるまで、という事は、本当に一切を神様にゆだねまかした行き方。そういう修行が有り難いという事がわかってくる信心。ま、大変むつかしい事になりましたけれども、それを、いつのまにか自然に体得が出来るように説いてあるのが、合楽理念だと思います、ね。どうぞ、皆さん、折角信心をされるのですから、いうならば、その一時の、今の夏期信行にです、ね、初めて参って来た人でも、それこそ、もう、これは有り難い意味あいでですよ、ね、信心の喜びというのは、これなんだと云う、ジィーンとするような喜びをです、皆さんが、それを育てていく信心にならんとね。そういう、いうなら、ま、どろ、あくたが出るような時にはね、それを有り難くうけられないです。ね。
どこから湧いてくるかわからん信心の、その喜び、その、いうならば歓喜の世界というようなものが、どういう中にでも頂けるのが信心です。そういう信心を目指す事によって、私は、で、なかなければ、井戸は清水になるまでのおかげには、ならん。
そこには、こんこんと、つきぬおかげの頂ける歓喜の世界があるのです。これほど信心するのにと、お互い思いますけれども、んなら、どれほどの信心をさせて頂いておるかと、思うときにですね、それこそこれは、まあだ、信心がたりんのぢゃと思うてと、み教えにもありますように。なら、これは、まあだ信心が足りんのだから、どういう信心にならねばならんかというと、いよいよね、神愛を神愛として悟らせてもらえる、ね。これは、まあだ信心が足りんからだと、焦点の間違った修行に打ち込んでも仕様がない、ね。その絶対の焦点を、ま、それぞれの信心の課程に応じて、ね、教えて頂くのが御理念だと思います。
焦点を、いよいよ、間違いのない修行に打ち込んで、井戸は清水になるまでのおかげを頂きたいですね。 「 どうぞ 」